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Deep Learningの次を目指すプロジェクトMIT IQとは?

Deep Learningの次を目指すプロジェクトMIT IQとは?

近年、目覚ましい進歩を遂げているAI(人工知能)は既に私たちの日々の生活において欠かせない存在になっていますよね。第三次AIブームを巻き起こしたDeep Learningは、現在最も重要な技術として注目されていますが、研究が進むにつれてAI(人工知能)研究者からは、むしろ人間の学習能力の高さについて驚きの声が上がっています

例えば、囲碁AI(人工知能)の研究者からは以下のような指摘があります。
  • 囲碁の強さが同じレベルに到達するのに必要な対局数は人間の方が圧倒的に少なくて済む(例:Deep Learningの約3,000万局に対し、人間のトッププロはせいぜい約5万局)
  • 囲碁の碁盤サイズ変更などのルール変更に対して人間は柔軟に対応可能なのに、Deep Learningの場合には学習データを新しく準備のうえ、学習を一からやり直す必要がある

私たち人間が、少ない学習データから、まるで「一を聞いて十を知る」ようなことができる理由として、事前に持っている豊富な知識を活用して、効率的に学習できる能力にあることが分かっています。この人間の学習方法をAI(人工知能)に適用することにより、Deep Learningの次の技術を目指そう、というプロジェクト「MIT IQ」が2018年に始動しました。

ということで、今回はDeep Learningの次を目指すプロジェクト、MIT IQについてご紹介します。

プロジェクトMIT IQとは?

MIT IQのイメージ

まずはそもそも「MIT IQ」とは何か?を解説しましょう。

MIT IQとは米国のマサチューセッツ工科大学Massachusetts Institute of Technology)が進めるプロジェクトで、人間の知識Intelligence)を探求Quest)することにより、Deep Learningの次の技術を開発することを狙っています。(MIT Quest for Intelligenceとも呼ばれています)

Googleが2012年に開発した「猫を認識するAI(人工知能)」は、1000万枚という極めて膨大なデータに対し、超高速コンピュータで総当たり的にアプローチする手法により実現できたものですが、「それは人間の学習方法とは違うだろう!」というのがMIT IQの主張です。確かに、人間であれば、今まで見たこともない種類の動物であっても、せいぜい10枚程度あれば判別可能できますよね。

それでは、MIT IQのアプローチとは一体どういったものなのでしょうか。それは、子供の学習方法を解析しコンピュータ・プログラムで実現しようという取り組みなんです。(注:本記事では小学校入学前の乳幼児のことを「子供」と記載します)

え?、子供の学習方法を分析する?と驚いている方もいますよね。次に、MIT IQがなぜ子供の学習方法に着目しているのか、その理由について見てみましょう!

子供の脳は最強のコンピュータ

子供の脳は最強のコンピュータのイメージ

子供は食べたり寝たりしている時以外、いつも遊んでいるようにしか見えませんが、この「遊び」こそ、子供にとっては「学習」なんです

子供と多くの時間接したことがある方であれば、子供の理解力のスピードと学習量の多さに驚いた経験がありますよね。この理由について心理学者とコンピュータ科学者の研究により、現在以下のことが分かっています。

  • 子供の脳は大人より多くの神経回路を持っており、しかも学習に適した構造になっています
    歳を重ねるにつれて、よく使用される神経回路のみ強化され、それ以外のあまり使用されない神経回路がその働きを失ってしまうのに対し、子供はあらゆることに興味を持ち、すべてを同時に鮮明に体験し学習することができます。
  • 子供は科学者と同じ統計学手法を使って学習することができます
    例えば、子供の積み木遊びでは、科学者と同じ手法により仮設を立て、実験を行い、結果に基づき仮設を修正する、という手順を繰り返すことにより学習を進めています。一見簡単そうに見える積み木遊びですが、五感を通して得られたそれぞれの積み木の大きさ・形・重さを考慮しながら、どれくらい安定しているか・どうすればどの方向に倒れてしまうのか、などについて脳内では極めて複雑な計算が行われています。実際に4歳児を対象に行った積み木遊び実験では、仮設を見つける能力が大人よりも高いケースも確認されています。

子供は食べたり寝たりしている時以外、誰にも指図されてもいないのに、自発的に「なぜ?」と周囲を質問攻めにしながら(周りの物事の仕組みや因果関係に対する興味を抑えることができません)、遊び(学習)をホントに飽きることなく繰り返します。あの遊び(学習)の自発的な行動力には、ただただ驚くばかりです。

つまり、子供の脳は新しい情報を習得し続けるプログラムを内蔵した、地球上で最も強力な学習マシーンなんです。子供の脳はこの時期にとてつもない変化を遂げることになります。子供にとって「遊び」がいかに重要であるかが分かりますよね。

(参考)子供期間の長さと知能の高さとの関係について
人間の子供期間は他の動物よりも格段に長く、この「親に依存して過ごす期間の長さ」と「知能の高さ」との間には比例関係があることが分かっています。例えば鳥類の場合、ニワトリはわずか数ヶ月で成鳥になりますが、カラスは2年間も母鳥に依存します。この2年間というのは鳥の寿命を考えると非常に長い期間で、ニワトリとカラスの知能差を考えると、子供期間の長さが知能に及ぼす影響は極めて大きいことが分かります。

それでは次に、子供の学習方法の特徴についてもう少し確認してみましょう。

子供が無意識に習得する知識と子供の脳の特性について

子供の遊びは仕事のイメージ(1)

子供は学習(遊び)を通して以下の2つの知識を、無意識に習得してゆくことが分かっています。

モノの動きや性質などに関する知識

積み木遊びのイメージ

例として、先程ご紹介した積み木遊びがあります。

他人の行動の意図などに関する知識

他人の行動を見て、その人が何を考えているのか理解することができます。例として、以下の映像を、冒頭30秒のみで構いませんのでご覧ください。

Experiments with altruism in children and chimps

この映像における子供の対応(本を持った男性のやりたいこと、うまくいかないこと、戸棚には扉と取っ手があり、取っ手を手前に引けば扉が開くこと、などの周りの状況を把握したうえで、助けが必要であることを理解し、解決策を思いつき行動する)は、現在のAI(人工知能)では実現不可能で、人間にしかできません。研究によると、子供は生後10ヶ月を過ぎると他人の考えを理解できるようになることが分かっています

また、子供にとってこの世界は知らないことばかりのため、学習の対象は常に全方位に向かっており、私たち大人のように特定のことに意識を集中させることが苦手です。しかしながら、この脳の特性により、子供は多数の情報源から新しい情報を同時に集める能力が、大人よりも優れています

(参考)子供は注意力散漫?
子供の脳の中では神経伝達物質が洪水のように流れており学習に非常に適していますが、抑制能力が不足しているため、落ち着きがなく、注意力散漫に見えてしまいます。自分の周りのたくさんの興味深い物事の中から、特定のモノゴトに意識を集中させることが苦手なのです。(例:子供からオモチャを取り上げたい場合には、別の注意を引きそうなオモチャを与えると簡単に取り上げることができます)

子供の遊びは仕事のイメージ(2)

以上、今回はDeep Learningの次を目指すプロジェクト、MIT IQについてご紹介しました。

  • プロジェクトMIT IQとは?
    MIT IQとは、米国MITが進めるDeep Learningの次の技術を目指すプロジェクトで、子供の学習方法を解析したうえで、コンピュータ・プログラムで実現しようというものです。
  • 子供の脳は最強のコンピュータ
    子供の脳は大人より多くの神経回路を持ち、科学者と同じ統計学手法を使って学習することが分かっています。また、子供の脳は、新しい情報を習得し続けるプログラムを内蔵している、地球上で最も強力な学習マシーンです。
  • 子供が無意識に習得する知識と子供の脳の特性について
    子供はモノの動きや性質などに関する知識(例:積み木遊び)、他人の行動の意図などに関する知識を無意識に習得し続けます。また、子供の学習対象は常に全方位に向かっており、多数の情報源から新しい情報を同時に集める能力が、大人よりも優れています。

長年の脳科学研究にも関わらず、私たちの脳の学習の仕組みについてはまだほとんど解明されていません。解明されていないのであれば、Deep Learningによるアプローチでは、人間と同じように学習できるAI(人工知能)は実現できないのではないか、というのがMIT IQの立場なのかもしれません。

もしAI(人工知能)が人間の脳の働きの実現を目指す技術であれば、MIT IQの「子供の学習方法を解析する」というアプローチは理にかなっているように思います

なお、MIT IQの背景には、Deep Learningにより華々しい成果を生み出したスタンフォード大学やGoogleなどへの対抗心もあるようです。MITは彼らに対抗すべく、既にIBMをプロジェクトのパートナーに迎え、Deep Learningの次の技術を生み出すことを狙っています。

MIT IQの研究手法は、子供の行動を観察することにより学習方法をモデル化し、ソフトウェアに実装するというものですが、研究はまだ始まったばかりで完成までには少なくとも10年程度はかかるとも言われています。

果たして、MIT IQはDeep Learningに代わる新しいAI(人工知能)技術を生み出すことができるのか、あるいはDeep Learningが今後更なる進化を見せるのか?、今後のMIT IQの研究成果に期待しましょう!

(参照元)
日経サイエンス 2018年2月号「子どもの脳に学ぶAI」(日経サイエンス社)

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