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トランスヒューマニズムにより進む私たちの体のサイボーグ化とは?

トランスヒューマニズムにより進む私たちの体のサイボーグ化とは?

ネットニュースやテレビなどで「トランスヒューマニズム」という言葉を見たり聞いたりしたことがある方も多いですよね。

トランスヒューマニズムは「超人間主義」とも呼ばれており、最新テクノロジーにより人間の能力を進化させようという考えですが、その手法が私たちの体の「サイボーグ化」を進めることであることから、皆さんも「ちょっと怪しい・・・」と思われているかもしれません。

確かに最新テクノロジーを体内に埋め込むなんて、かなり抵抗を感じてしまいますが、一方で私たちは日々、様々な最新テクノロジーの恩恵を受けているのも事実です。

たとえば、現在の私たちにとってスマホやネットは、もはや仕事だけでなく日々の生活にも欠かせない存在となっています。スマホやネットは既に私たちの身体の一部になっている、という見方もできるでしょう。(例:体内にスマホを組み込んでいないのに「私の電池が切れそう」なんて言ってしまう)

ところで、私たちの体内に機械などを埋め込む「サイボーグ化」は、何も未来の話ではなく、医療の世界では既に数多くの実績があります。どうやら「サイボーグ化」=「怪しい思想」は私たちの思い込みのようです。

ということで、今回はトランスヒューマニズムにより今後進むと思われるサイボーグ化の現状についてやトランスヒューマニズムが最終的に何を目指しているのか、お伝えしていきます。

ではまず、そのサイボーグ化の現状で眼・耳・手足への人工臓器適用について見てきましょう。まず最初に、眼のサイボーグ化の事例についてです。

眼のサイボーグ化事例:人工網膜

眼のイメージ

私たちの眼でモノが見える仕組みは、「眼球」「視神経(眼球と脳をつなぐケーブル)」「脳(視覚中枢)」の3点より構成されています。実は、既に現時点でこれら3点それぞれについて人工眼システムが存在しますが、今回は「眼球」の機能を実現してくれる「人工網膜」についてご紹介します。

「網膜」は私たちの眼球の内側をおおっている膜状の組織です。私たちの眼のレンズ(水晶体)を通して得られた光信号は、網膜に含まれている「視細胞」により電気信号に変換され、視神経経由で脳に送られることにより映像として認識されます

ところが、「加齢性黄斑変性症」「網膜色素変性症」などの病により網膜の視細胞が死滅してしまうと、脳に電気信号を送ることができなくなるため、視覚障害が引き起こされてしまいます。

人工網膜はこの視覚障害を解決するために開発された人工眼システムで、網膜に設置した微小電極により視細胞に代わって電気信号を生成し、視神経を通して脳に送りつけることにより視覚を回復します。なお、現時点では残念ながら健常者の視覚レベルまでは回復できません。

(参考)「加齢性黄斑変性症」と「網膜色素変性症」について

  • 加齢齢性黄斑変性症:加齢により網膜の中心部である黄斑に障害が生じる病で、欧米の失明原因第1位(日本では第4位)と珍しくない病気です
  • 網膜色素変性症:徐々に視野が狭くなり視力を失うこともある遺伝性の病で、治療法はまだ確立されていません
(参考)視覚システムにおける「脳」の役割について
研究によると、私たちに見えている映像において、網膜を経由して送られてくる電気信号が占める割合はわずか3%程度しかなく、残る約97%は電気信号に基づき脳内で(記憶などより)生成された映像であるといわれています。
テツヤ
テツヤ

私たちが長い年月をかけて眼で見て学習することにより脳内に構築した記憶情報がないと、見えているのに映像として理解できない、ということになってしまうんですね。

それでは次に、耳のサイボーグ化の事例について確認しましょう。

耳のサイボーグ化事例:人工内耳

聞くイメージ

私たちの耳に入ってきた音は、鼓膜および耳小骨を経由して「蝸牛(かぎゅう)」というカタツムリの殻のような形状をした器官において電気信号に変換されます。この電気信号が聴神経を経由して脳に到達することにより音として認識できます。

ちなみに鼓膜や耳小骨の障害については手術で改善可能な場合がありますが、蝸牛の障害回復は現代医学では困難です。

(参考)ベートーヴェンの聴覚障害について
作曲家ベートーヴェンの聴覚障害の原因としては、耳小骨機能の障害説が最も有力です。ベートーヴェンがまだ生きていれば、現在の医学によって良く聞こえるようになっていたかもしれません。

さて、耳への人工臓器適用としては、蝸牛の機能障害を解決するための「人工内耳」があります。

実は、人工内耳は現在世界で最も普及している人工臓器の1つなんです。仕組みとしては、マイクで集音した音を(体外の装置で)電気信号に変換のうえ、蝸牛に埋め込んだ微小電極を通して聴神経および脳に送りつける、というものです。なお、現時点では残念ながら健常者の聴覚レベルまでは回復できません。

なお、人工内耳を適用する場合には、患者の年齢が重要なポイントとなります。

老化や病による聴覚障害の場合には、言語獲得(特定の言語を使用できるようになること)できているため問題ありませんが、生まれつきの聴覚障害の場合には言語獲得できていないため、人工内耳を適用しても(聞こえる言葉を文章として理解できないため)会話できるようにはならないとも言われています

(参考)生まれつきの聴覚障害で補聴器による改善効果が見られない場合には、1歳半から遅くとも4歳までに人工内耳を適用すべきとされています。難聴の早期発見を目的に、厚生労働省は平成19年より「新生児聴覚スクリーニング検査」の普及を進めています。
テツヤ
テツヤ

相手がしゃべった内容を理解するためには、幼少期からの長年のヒアリングにより学習・蓄積してきた会話情報が必要なんですね。「見る」「聞く」ために必要となる脳の役割の大きさには驚くばかりです。

次に、手足のサイボーグ化の事例について確認しましょう。

手足のサイボーグ化事例:神経に直結した義手

腕のイメージ

2019年2月、スウェーデンの義手メーカー Integrum AB社とチャルマース工科大学が開発した「人体神経に直結した義手」が話題になっています。

従来型の(意思で動く)義手は、腕の皮膚の上に設置された電極により、筋肉に伝わる電気信号を読み取ることにより動作させていましたが、限られた電気信号しか感知できないため、手のひらを開く・閉じるといった大まかな動作しか実現できませんでした。

今回開発された義手では、複数の電極を筋肉に埋め込み、筋肉に伝わる電気信号を直接読み取ることにより細かな動作を実現できています。しかも、電極を神経にも埋め込むことにより、義手から伝わる感触を知覚することも可能なため、器用さと感覚を備えた義手として、非常に期待されているんです。

さて、ここまでは眼、耳および腕における障害解決手段としてのサイボーグ化について確認してきましたが、生まれつき、あるいは老化や病気・事故により失われた体の機能をテクノロジーで取り戻すことについて、異論を唱える人はいないでしょうし、そのようなテクノロジーの開発と人体への適用であるサイボーグ化はどんどん進めるべきです。

テツヤ
テツヤ

一方で、トランスヒューマニズムではそれをさらに一歩進めて、テクノロジーにより人間の機能をより一層高めることを目指していますよね。ここらへんが「なぜそこまで?」と多くの人が違和感を感じてしまう点かもしれません。

それでは次に、トランスヒューマニズムがテクノロジーにより人間の機能を高めることにより、最終的に何を目指しているのか、について確認しましょう。

トランスヒューマニズムが目指すもの

サイボーグのイメージ

トランスヒューマニズムでは、事故や病気で失った体の機能を取り戻すだけでなく、今後進化を続けるテクノロジーを体内に取り込むことにより、従来の人間を超えた能力を持つ存在になることを目指しています

事例1)遺伝子操作による肉体強化や寿命延長
遺伝子操作によって、特定の病気への耐性を獲得するための研究が行われています。最近の例として、遺伝子操作によりエイズに対する耐性を獲得した双子の女児の誕生が話題になりました。また、「ご長寿遺伝子」を活性化(スイッチをONにする)することにより人間の寿命を引き延ばす研究も行われています。
事例2)精神転送による不老不死
トランスヒューマニズムの目標の一つに不老不死がありますが、ここでいう不老不死とは、脳内の記憶や精神などを全てコンピュータにアップロードすることにより実現しようとしています。

2014年に北米でトランスヒューマニスト党を結成、2016年の米大統領選に出馬したゾルタン・イシュトヴァンは、10年後には米国人の約半数がチップを埋め込んでおり、クレジットカード・身分証・様々なチケットも不要になっていると予測しています。

さらには、彼自身が人工心臓や人工の手足などへの入れ替えを行い、身体から「生物性」を取り去ることにより、いずれは飲んだり・食べたり・寝たり・排泄する必要のないロボットになりたい、とさえ述べています。

ただし、トランスヒューマニズムは全人類の進化実現のため、国などが政策としてサイボーグ化を進める社会を望んでいるわけではありません。個人には「他人を傷つけない限り自分の身体にはしたいことをする権利」があること、また、あくまでもサイボーグ化は他人に強制されるものではなく、各個人が自らの考えに従って自分の身体を自由に改変すべきである、と主張しています。

つまり、トランスヒューマニズムはテクノロジーを駆使して、人間の生物学的限界を超えることにより、病気や老いだけでなく、死さえ乗り越えることにより、永遠の幸福を追求しようという思想なんですね。

テツヤ
テツヤ

コンピュータの中で永遠に生きてゆく、なんてまさにSF。う~ん、私はコンピュータの外でいいので、のんびりと短く生きてゆきたいです。

サイボーグのイメージ(2)

以上、今回はトランスヒューマニズムにより今後進むかもしれないサイボーグ化の現状ついて、またトランスヒューマニズムが最終的に何を目指しているのかお伝えしました。

  • サイボーグ化の現状:私たちの身体への人工臓器の適用状況について
    生まれつき、あるいは老化や病気・事故により失われた体の機能をテクノロジーで取り戻すことについて、異論を唱える人はいないでしょうし、そのようなテクノロジーの開発と人体への適用はどんどん進めるべきです。
    1)眼のサイボーグ化事例:人工網膜
    2)耳のサイボーグ化事例:人工内耳
    3)手足のサイボーグ化事例:神経に直結した義手
  • トランスヒューマニズムが目指すもの
    トランスヒューマニズムは事故や病気で失った体の機能を取り戻すだけでなく、今後進化を続けるテクノロジーを駆使して、人間の生物学的限界を超えることにより、病気や老いだけでなく、死さえ乗り越えることにより、永遠の幸福を追求しようという思想です。

実は、あの「シンギュラリティ」を主張しているレイ・カーツワイルもトランスヒューマニストの一人であり、「生身の体を健康に保つのはものすごい苦労を伴う」「1日も早く機械の体に入れる日を夢見ている」とも語っています。

ちなみにレイ・カーツワイルは、彼自身が不老不死を実現できる最初の世代であると信じており、2030年代には人間のコンピュータへのアップロードが実現できること、また、2045年には「人間と機械の間の明確な区別はもはやサイボーグ化で強化された人間コンピューターにアップロードされた人間の存在のおかげで存在せず」(Wikipediaより引用)とも予測しています。

テツヤ
テツヤ

未来のトランスヒューマニストは、進化したAI(人工知能)さえも体内に取り込んでしまうのかもしれません。恐るべし、トランスヒューマニスト!ですね。

とはいえ、今後急速に進化するテクノロジーを活用して病気や老いを克服することにより、幸福を追求できるのであれば、私たちはサイボーグ化についてためらう必要はなくて、むしろ積極的に取り組むべきなのかもしれません

遠い未来ではない2045年、私たちは、今後急速に進化を続けるテクノロジーにより、人間(human)を大きく超越(trans)した「超人」を目の当たりにしているのかもしれません。

そうなったとき、私たちは人間としての良いところは残したうえで、強化したい能力をテクノロジーで補うことにより、誰もが幸福を追求できる社会が実現できているでしょう。

(参考)シンギュラリティについてはこちら

 

(参照元)
池谷裕二著「進化しすぎた脳」講談社 (p.349~350) [ 眼で見える映像における網膜を経由して送られてくる電気信号が占める割合 ]

 

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