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量子コンピュータの実現が切り拓く人工知能(AI)の新時代とは?

量子コンピュータの実現が切り拓く人工知能(AI)の新時代とは?

インターネットの普及により、スマホやパソコンで様々なデータを誰でも簡単にアクセスできるようになりましたよね。近年急増のSNS利用者による写真や動画データ、ネットショッピングサイトにおける商品情報や購買履歴、さらにはIoTにより収集される膨大なデータが日々、インターネット上のサーバーに蓄積され続けています。現在、これらのビッグデータを高速に活用する手段として、量子コンピュータが注目されています

数年前にGoogleやNASA(アメリカ航空宇宙局)が量子コンピュータを導入、従来のコンピュータに比べて「1億倍高速」と発表され話題となりました。その後Googleは人工知能(AI)研究を目的に、自ら量子コンピュータの開発を進めています。また、Google以外の企業においても金融、自動車産業、医療分野などにおいて人工知能(AI)への量子コンピュータ適用が進められています。

ということで、今回は量子コンピュータの仕組みと速さの秘密、また、量子コンピュータの実現が人工知能(AI)にもたらす影響についてお伝えしていきましょう。

量子コンピュータとは、超高速で計算できるコンピュータのこと

量子力学のイメージ(1)

量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して計算処理を行うコンピューターです。「量子力学の原理」については後ほど解説するとして、ここでは量子コンピュータの速さについて「宅配における配達最短ルート算出」「RSA暗号解読」の2つの例をもとに解説します。

宅配における配送最短ルート算出

ルート算出のイメージ

例えば、配送先がA、B、C、D、Eの5ヶ所の場合、1つ目の経路として例えばA→B→C→D→E、さらに2つ目の経路としては1つ目のAとBを逆にしたB→A→C→D→Eなどが考えられます。ここで、どうしたら宅配の配送距離が最短となる経路の算出方法について考えてみましょう。

配送先が5ヶ所の場合の全ての経路としては120パターンありますので、120パターンの全てについて移動距離を計算することにより最短経路を求めることができます。

もちろん配送先が5ヶ所で120パターンであれば現在のコンピュータでも全く問題ない計算量ですが、配送先が10の場合は360万パターン、15の場合は1兆3,000億パターン、30の場合はなんと1京の1京倍!(1京は1兆の1万倍)と爆発的に増加します!

配送先が30の場合の1京の1京倍の全てについて計算するとなると、スーパーコンピュータである「京」(1秒間に1京回の演算可能)を使用しても約8億年もかかってしまいますが、量子コンピュータであれば一瞬(秒単位)で計算することができます。量子コンピュータの計算能力の凄さに驚いてしまいますよね。

RSA暗号解読

暗号のイメージ

RSAはインターネットにおける電子商取引などで使用されている暗号技術です。RSAが暗号技術として成立している根拠は「2つの素数を掛け合わせた桁数の大きい(数百桁)数字より、元の2つの素数を求める(素因数分解する)には現在のコンピュータでは億単位の年数がかかる」という点でした。

例えば、現在のコンピュータで素因数分解するのに約10億年かかるRSA-2048(617桁の暗号)も、量子コンピュータであれば一瞬(秒単位)で解読できる、とも言われています。

なお、ここで「言われています」と書いたのは現時点ではRSA暗号解読可能な量子コンピュータはまだ実現できておらず、現在の研究者による見込み値であるためです。なので今のところ、RSA暗号解読可能な量子コンピュータの実現までには、今後10~30年程度かかると言われています。

米国では2030年頃までにRSA-2048レベルの暗号解読可能な量子コンピュータの実現を想定し、米国連邦政府で使用する暗号技術を耐量子コンピュータ暗号に移行する予定です。

さて、「RSA暗号解読可能な量子コンピュータはまだ実現できておらず」と書いたとおり、現時点で量子コンピュータはまだ開発途上の新しい技術なんです。次に、量子コンピュータの歴史について簡単に確認しておきましょう。

量子コンピュータの歴史

D-Wave社量子コンピュータのイメージ

  • 1985年:ドイッチェ(イギリスの物理学者)が量子コンピュータのアイディアを提案
  • 1992年:ドイッチェとジョサが量子コンピュータにより高速処理が可能となる処理手順(ドイッチュ-ジョサのアルゴリズム)を発表
  • 1994年:ショア(アメリカの数学者)が量子コンピュータで因数分解を高速に行う処理手順(ショアのアルゴリズム)を発表
  • 1998年:西森秀稔(物理学者)が量子アニーリング(現在販売されているD-Wave社の量子コンピュータの原理)を発表
  • 2011年:D-Wave社が量子コンピュータを発表
  • 2016年:IBM社が量子コンピュータを発表

現在販売されているD-WaveとIBMの量子コンピュータは以下のように方式が異なります。なお、いずれも現時点ではまだ開発途上の状況にあります。

  • 量子アニーリング方式(D-Wave)
    先にご紹介した「宅配における配達最短ルート算出」などの「組み合わせ最適化問題」のみに特化した専用機。
  • 量子ゲート方式(IBM)
    現在のコンピュータで処理できることは全て処理できる汎用機。(将来、RSA暗号解読が期待されているのが本方式)
組み合わせ最適化問題:様々な制約の下で多くの選択肢の中から、ある指標を最も良くする組合せを求めること(例:先にご紹介した「宅配における配達最短ルート算出」)

ちなみに、量子アニーリング方式は後発のアイディアであり、D-Wave社が量子コンピュータを発表する前までは量子コンピュータと言えば量子ゲート方式のことを意味していました。量子ゲート方式はハードウェア実装の困難さから、性能面では量子アニーリング方式に遅れをとっています。

それでは次に、量子コンピュータの処理がなぜ速いのか、その理由について簡単に解説します。

量子コンピュータの速さの秘密を分かりやすくご紹介

速さのイメージ

ここでは先にご紹介した「宅配における配達最短ルート算出」を量子アニーリング方式で計算する場合について説明します。

現在のコンピュータでは情報を、「0」か「1」のどちらかの値をとるビットに変換し計算を行います。配達先がA、B、C、D、Eの5ヶ所で、配達経路がA→B→C→D→Eの場合についてビットで表現すると以下のようになります。以下では「○」は「0」、「●」は「1」を示しています。

配達経路のビットイメージ

配達先がA、B、C、D、Eの5ヶ所だと上記以外のパターンを含めた合計120パターンについての計算が必要となりますが、量子コンピュータの場合、上記の25個のビット全てが同時に「○(0)」と「●(1)」の両方の状態を持つことができます。

1つのビットが同時に「○(0)」と「●(1)」の両方の状態を持つなんて理解しづらいと思いますが、量子力学の原理でそのようなことも可能、とご理解ください。

各ビットが同時に「○(0)」と「●(1)」の両方の状態を持てるため、量子コンピュータだと1度の計算で実現できる、というのが速さの秘密です。もうちょっと具体的な手順を、以下にザックリイメージで説明します。

  1. 各ビット間の相互作用(例:A~Eのどこかが「●(1)」になったら他の4つは「○(0)」にする、BとCは近いのでBの次はCとする、など)を決めます
  2. 回路の温度を絶対零度(摂氏マイナス273度)付近まで冷却したうえで、「横磁場」と呼ばれる制御信号をかけると、全てのビットが同時に「○(0)」と「●(1)」の両方の状態になります
  3. 時間の経過と共に横磁場を弱めながら、各ビット間の相互作用を強めてゆきます。1)で定めた相互作用に従い、いくつかのビットが「○(0)」か「●(1)」のいずれかに定まってゆきます
  4. 最後に横磁場を停止すると全てのビットが「○(0)」か「●(1)」のいずれかに確定、これが最短距離を示す回答となります

では次に、一つのビットが同時に「○(0)」と「●(1)」の両方の状態を持つ、という量子力学の原理について簡単にご説明しましょう。

量子力学の不思議な特性「重ね合わせ」とは?

ダブルスリット実験のイメージ

量子力学は、原子や電子などのミクロな世界における物理現象を記述する力学ですが、ミクロな世界では私たちの常識では考えられないような不思議な現象が発生します。(参考:髪の毛[直径0.1mm]の断面を100万分割すると、だいたい原子1個の大きさ[直径]になります)

「ダブルスリット実験」という非常に有名な実験があります。この実験は、1個の電子を左右に並んだ2つの縦長のスリットを通す、というものですが、この実験の結果分かったことは「1個の電子は左側と右側の両方のスリットを通過する」ということです。

左側あるいは右側のいずれかを通過する、ではありません。非常に理解しづらいと思いますが、量子力学ではそうなっている、とご理解ください。量子力学では本特性のことを「重ね合わせ」と呼びます

この不思議な振る舞いにおいて、例えば左側のスリットを「0」、右側のスリットを「1」と考え、左右両方を通る、つまり「0」と「1」の両方の状態を同時に持つという考え方をコンピュータに適用しようという発想が、量子コンピュータ誕生の背景にあります。

それにしても「0」と「1」の両方の状態を同時に持つなんて、到底理解できませんよね。実は、この不思議な特性について「そんなのおかしいよ!」と主張した物理学者がいました。そう、それがあの有名な「シュレーディンガー」です。

シュレーディンガーの猫は生きていながら、死んでもいる?

シュレーディンガーの猫のイメージ

シュレーディンガーは、ふたのある箱の中に(A)放射性物質、(B)放射線を検出すると毒ガスを発生する装置、(C)生きた猫、を入れてふたをした状態での思考実験(頭の中で想像して行う実験。実際に生きた猫を使用した実験ではありません)に関する論文を1935年に発表しました。

(A)放射性物質が原子核崩壊し放射線を発生するかどうかはミクロの世界の出来事であることから、量子力学によれば、(A)放射性物質が放射線を「発生している状態」と「発生してない状態」の両方が「重ね合わせ」になっていることになります。

その結果、(B)により毒ガスが発生する/しないも同様に「重ね合わせ」になっていることになるため、猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」の「重ね合わせ」になっていることになります。

シュレーディンガーは「生きていながら死んでもいる猫なんておかしいだろう?だから量子力学は間違っている!」と主張したのです。(シュレーディンガーの猫のパラドックス)

しかしながら、その後の様々な実験や研究の結果、量子力学の正しさが実証されており、量子力学は相対性理論と共に現代物理学における2大理論とも言われています

量子力学の私たちの生活への影響は非常に大きく、半導体を使用している電子機器のテクノロジーのほとんどが量子力学の理論により開発されています。また、私たちが日々使用しているスマホ、パソコンや様々な家電製品も量子力学なしには存在しません

つまり多くの人にとって、量子力学はあまりなじみのないものかもしれませんが、実は私たちの日常生活においては欠かすことのできない学問なんです。

それでは最後に、量子コンピュータの実現が人工知能(AI)にもたらす影響について見てみましょう。

量子コンピュータが人工知能を加速する

人工知能のイメージ

機械学習には、組み合わせ最適化問題を含む要素が多くあることから、量子コンピュータと人工知能(AI)との組み合わせによる技術革新が期待されています。

ここでは、量子コンピュータと人工知能(AI)の組み合わせ事例について解説していきます。いずれも量子コンピュータの持つ速さが、大きなメリットをもたらしています。

ローリスクな分散投資

株式投資のイメージ

分散投資とは投資金額を分散していくつかのものに投資する手法で、従来より人工知能(AI)でも対応できていましたが、銘柄が20以上ともなるとその組み合わせは膨大な組み合わせになるため、瞬時に計算可能な量子コンピュータの活用が期待されています

例えば米国では、JPMorganChaseやGoldmanSachs、Barclays、MorganStanleyなどの大手金融機関が既に調査研究を開始、また国内でも三菱UFJ銀行、野村ホールディングスなどが量子コンピュータを活用した実証実験を開始しました。

交通渋滞の解消

交通渋滞のイメージ

自動車部品メーカーのデンソーと、トヨタ自動車系の総合商社である豊田通商は、慢性的な渋滞が世界的にも有名なタイのバンコク市内において、渋滞解消を目指す実証実験を進めています。

具体的には、タクシーやトラックに搭載された渋滞予測アプリがドライバーを空いている道へ誘導するものですが、バンコク市内では約600万台の自動車と約400万台のオートバイが走っているため、その台数の多さのため計算処理が追いつかないという問題がありました。

この問題に対し、量子コンピュータの計算能力と人工知能(AI)による統計解析の組み合わせにより、百万台単位で自動車が一斉に移動しても、1台ごとに最適化したルート案内の提供が可能となりました。

スピーディーなホテル予約サービス

ホテル受付のイメージ

次にリクルートコミュニケーションズが提供するホテル予約のマッチングサービスにおいて、顧客属性などの様々な情報を考慮すると、膨大な組み合わせのため処理が追いつかないという問題が発生していました。

この問題に対し、マッチングに有効となる特徴量抽出のための機械学習への量子コンピュータ適用により、100倍以上の高速化を実現、スピーディーな予約が可能となりました。

災害における的確な避難経路提示

災害対策のイメージ

そして東北大学・量子アニーリング研究開発センターでは、津波などの災害時における避難経路の最適化に量子コンピュータを活用しています。

災害発生時、時々刻々変化する周囲の様々な状況を量子コンピュータが迅速に計算処理することにより、人工知能(AI)が避難すべき最適経路を瞬時に提示可能となったため、今後発生するさまざまな災害時に大きく貢献できることが期待されています。

量子力学のイメージ(2)

以上、今回は量子コンピュータの仕組みと速さの秘密、また、量子コンピュータの実現が人工知能(AI)にもたらす影響についてお伝えしました。

  • 量子コンピュータとは?
    量子コンピュータの特長は計算スピードにあります。「宅配における配達最短ルート算出」「RSA暗号解読」の2例をもとに、量子コンピュータの速さについて解説しました。
  • 量子コンピュータの歴史
    1985年に量子コンピュータのアイディアが提案されてから、2011年のD-Wave、2016年のIBMの量子コンピュータ販売までの歴史と、量子コンピュータの種類(量子アニーリング方式、量子ゲート方式)について解説しました。
  • 量子コンピュータの速さの秘密について
    量子コンピュータでは、各ビットが同時に「○(0)」と「●(1)」の両方の状態を持てるため、量子コンピュータだと1回の計算で実現可能、というのが速さの秘密です。
  • 量子力学の不思議な世界
    ミクロな世界では私たちの常識では考えられないような現象が発生します。有名な「ダブルスリット実験」により「1個の電子は左側と右側の両方のスリットを通過する」ことが判明しています。量子コンピュータは、この不思議な振る舞いである「重ね合わせ」の原理を活用しています。
  • 人工知能への適用について
    量子コンピュータの持つ速さが、大きなメリットをもたらします。
    ローリスクな分散投資(三菱UFJ銀行、野村ホールディングスなど)
    交通渋滞の解消(デンソー、豊田通商)
    スピーディーなホテル予約サービス(リクルートコミュニケーションズ)
    災害における的確な避難経路提示(東北大学・量子アニーリング研究開発センター)

今後のそれほど遠くない将来、量子コンピュータが完成した時、私たち人類は極めて強力な計算能力を手に入れることになります。その桁違いの計算能力は人工知能(AI)の開発スピードを飛躍的に高めてくれることが期待されています。技術開発で先行できた国や企業は、競合相手に対して大きな優位性を獲得できるため、現在世界中で開発競争が進んでいますが、実は量子アニーリング方式の発案など、初期の理論で日本は先行していたんです。日本だって負けてられませんよね。

ということで、今後の日本人研究者および日本メーカーの活躍に期待しましょう。

参照元
竹内繁樹著「量子コンピュータ・超並列計算のからくり」(講談社)[量子コンピュータの歴史]
西森秀稔、大関真之著「量子コンピュータが人工知能を加速する」(日経BP社)[量子アニーリング方式による計算について]
佐藤勝彦監修「量子論を楽しむ本」(PHP文庫)[量子力学の不思議な世界、シュレーディンガーの猫のパラドックス]

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